「いつも…その恰好を?」
「そうしないと私が誰であるか分かってもらえないんです」
男は慣れた口ぶりでそう答えた。
男は決して人見知りなどではなかった。
むしろ社交的な方で、知り合いがいようがいまいがいろんなところに顔を出しては、ユーモアを交えた(時には少し過激な)話術、見た目以上にいい運動神経が織りなすボディアクションでその場に居合わせた人を楽しませ(時には嫌がらせにもなるが)、たちどころに魅了してしまう「スキル」を持ち合わせていた。
これは若い頃キャバレーで給仕として働いていた男の父親の影響も少しはあるかもしれない。でも男は父親の職歴については話したけれど、自分の職歴については決して話すことはなかった。
「ほら、昔本書きの誰かが自分の作品の中で出す”赤い洗面器の男”って小咄があったでしょう?私もあのようなものです。」
「だから私は”この恰好の男”とよく呼ばれるんです。この恰好だからこそ私は私で存在しうる。」
男は初対面の人に対しては「出入り禁止」になった話を、二回目に会う人に対しては外国で拘束された話をした。必ずした。
男はその人が自分に何回目に会ったか、ということを覚えている、という「スキル」も持っていた。何回も会う人からすると、彼の話が前と「全くかぶる」ということはなかった。
「私が大勢の前で話す時、何回も私に会った人がいたら話がかぶっちゃうじゃないかって?仰る通りです。」
「でもそれはちょっとしたコツさえつかめれば大丈夫なんですよ。そのコツを今からあなただけにこっそり教えましょう…と思いましたが残念、時間が来てしまいました。もう5分前だ。」
「でもこれからちょうど大勢の前に出るので、あなたのこの目、耳で確かめてみて下さい。では」
そう言って男は舞台袖へと消えていった。
時計に目をやると2:45を指していた。
※この話はフィクションです
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