私がカバー曲を愛する3つの理由

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最近なんだかカバーアルバムのリリースが相次いでいる。

実は私、つかった産湯が三代目古今亭志ん朝がつかったものと同じ浄水場の水を沸かしたお湯、というほどのカバー好き(意味が分からない)。

そんな私でもキャッチアップできないくらいくらいの(単純に興味がないものもあるわけだが)最近のカバーモノリリースラッシュなわけであるが、カバー曲というとなんとなく世間の目としては「パクリ」「他人の土俵で相撲を取る」的な印象がぬぐえないという個人的なイメージがある。

でもカバー曲いいですよ。自分の音楽の世界をより広げるいいきっかけになってくれる(広げたくない人もいるだろうけど)。なぜいいか。三点挙げてみるか。

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1.オリジナル曲・アーティストのよさを改めて知ることができる

カバー曲を聴く以上はどうしてもオリジナル曲がどんなものか、聴き比べたくなってくる。少なくとも私はそうだ。

そうするとカバー曲の出来に関わらず、オリジナル曲のよさを改めて感じることができる。

だからオリジナル原理主義の人も一度何かカバー曲を聴いてみたらいいと思う。聖戦が勃発するかもしれないが。

柴田淳がリリースしたカバーアルバム「COVER 70’s」はその名の通り70年代の名曲達の良さを私の心の中に再び植え付けてくれた。

COVER 70’s/柴田淳(iTunesStoreリンク)

2.カバーしているアーティストのよさを改めて知ることができる

カバー曲を歌っているアーティストに惚れてしまうパターンだってある。

あるアーティストを気に入ってしまうと、とことんそのアーティストのディスコグラフィーを遡ってしまう、ということは結構やってしまう。

カバー曲とか誰かとのコラボ曲(featuring○○)とかはそのきっかけとしては私の中では王道である。

土岐麻子はcymbals時代はほぼ聞くことはなかったけれど、ソロでJAZZカバーしてかなりしっとり聴かせるなあと思いきや、最近ではいわゆるJ-POPカバーアルバムを出したりして非常にキュートなサイドを見せてくれたりもするので大好き。

CASSETTEFUL DAYS~Japanese Pops Covers/土岐麻子(iTunesStoreリンク)

3.自分の守備範囲外だったオリジナル曲、カバーアーティスト(の曲)に興味が湧く

カバー曲は自分の音楽の世界と、外の世界を繋げてくれるきっかけになってくれる。

1,2でも結局同じようなことは言っているのだけど、カバー曲がきっかけとなって
・曲そのもの
・カバーされたアーティスト
・カバーしたアーティスト
がクローズアップされ、そこから自分の世界には今まで無かった範囲に興味が広がることがある。

昔は同ジャンルでのカバーが多かったけど、最近は結構異質なチョイス(ジャンル違い)のものが多かったりしてそれはそれで面白い時もある。

聴かずぎらいなアーティストも、カバー曲だと意外とすんなり入れたりして「あれ、こいついいじゃん」とか思う時もあったりして。

安藤裕子の「ぼくらが旅に出る理由」(オリジナル:小沢健二)を聴いてすごくよくて、オリジナルもまた聴きかえしてやっぱりよくて、安藤裕子が好きになっちまったもんだからとりあえず勧められた「のうぜんかつら」聴いたらすげえよくて。

[エッセイ]僕(ら)が旅に出る理由

なって思っているところにtofubeatsの「水星」カバーを聴いて以来いいなあと思ってたトーニャ・ハーディングがこの「のうぜんかつら」のカバーを出してこれまたよすぎてこの音楽的なタイミング・巡り合わせはなんなんだとひとり興奮していたのが先週だった(敬称略)。

大人のまじめなカバーシリーズ/安藤裕子(iTunesStoreリンク)

昨日書いたファイナルファンタジーのトリビュート盤を買ったのも、純粋に音楽を楽しみたいという気持ちとそこから広がるものへの期待という二つの想いがあってこそ。

スカパラやDE DE MOUSEも参加!すべてのファイナルファンタジーファンにおくるトリビュートアルバム「FINAL FANTASY TRIBUTE~THANKS~」

またいい音楽の出会いがあるといいなあと思いながら今日も私は再生ボタンを押す。

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